2018.12.24-

ブログを始めました。日記なのか備忘録なのか。

口下手な自分には書き言葉が合うようで、という消極的な意味と、

書くことで伝えられることを増やしていきたいという前向きな意味も込めて。

 

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昨夜は寺尾紗穂さんのワンマンライブへ。
東上野にある「ゆくい堂」という工務店の関連のスペースROUTE 87 BLDG.の1階が会場。
前の銀座の滞在が圧してしまって、19時半の開演10分前に到着。上野駅から美術館側とは反対側の東に進み、歩道橋を越えて少し奥に行ったところに会場があった。木材であしらえたこじんまりとした会場入り口。通りを挟んだ先にはROUTE BOOKSという、緑豊かな本屋も。
入ると会場は満員、材木や工具が並んだガレージの中のような空間は薄暗くざわざわとしていて、皆会場に置かれたパイプ椅子や古びたベンチなどに座っている。天井は吹き抜けだが、楽屋代わりに使われているだろう小さな2階のスペースに灯りがついていて、そこから伸びる鉄骨の階段にもお客さんが座っていた。あとで寺尾さんが言っていたけれど、100人近い人が集まっていたらしい。
舞台となる奥にはアップライトピアノが置かれ、会場の中ではそこだけが煌々と暖色のライトに照らされていた。

時間になり、BGMの音楽が変わる。ピアノの音。2階の部屋のドアが開き、寺尾さんが現れる。遠くて顔は見えないが、ジャケットや取材写真で何度も見ていた黒く長い髪と、白いふわっとした襟のシルエットが印象的で素敵に似合っていた。あっという間に音も立てず素早く階段を降りて、お客さんの裏を回って舞台へ移動する。寺尾さんが通る一番狭い道を塞ぐように私と連れのパイプ椅子があったので、邪魔にならないよう椅子を畳んで立って待っていたために、図らずも肩が擦れるほど近くを通られた。俊敏な音のない動きでさあっと目の前を過ぎる様子に「今、風が通ったのか」と感じる。切り揃えられた前髪と長い黒髪も相まって、人ならぬ精か何かを見ているような、そんな心持ちになる。


着席した寺尾さんの話す声は訥々としていて、ただ一度演奏を始めるとその力強さに圧倒される。
知らない曲もあった。3曲目の民謡のような唄の音の響きに神がかったような光を感じて、目の奥が熱くなる。「花をもっと」「九年」「愛の秘密」「あの日」など、しっとりとしたピアノ曲が多く、ずっと延々に聴かせられてしまう贅沢なライブだったと思う。弾いているピアノは60年ほど前に作られたのだと言っていて、確かにライブの前半はどこかピアノが疲れた様子もあったほど。ただ、途中休憩の時に少し年を召された方が調律されて、調子を取り戻した様までもが美しかった。
当たり前だけれど生のピアノライブだと、ペダルを踏むときのクッという音や鍵盤からつながるハンマーの叩く音が繋がり響き合っていて、それは音楽と同様に、例えば寺尾さんが関心を持たれている民俗学や社会問題(というと大きすぎるくくりで他人事のようだけど、それは路上生活者のことや原発のこと)だったり、またライブ中に聴こえてくる外の声や観客のグラスを落とす音に細やかに温かく反応している寺尾さんの態度と同じように感じて、全てが繋がっているような大きな世界観の中にいるようだった。


寺尾さんが曲の合間にぽつりぼつりと話す話はどれも切実なことが多く、目を背けない事ができない、ということの苦しみはどれほどのことかと感じながら、水俣病の告発を続けた石牟礼道子のいう「悶え加勢」という言葉が残って離れない。すぐには抗うことのできない大きな問題に直面している人たち、その人と一緒に悶えることで支えること、という意味。
どこか失う気持ちが大きい都会の生活の中で、捨ててはいけない感情をそっと後押ししてくれる、留めておかなければいけない言葉。どこか遠くから声をかけるのでなく、苦しんでいる人々やそれに無関心な私たちをそっと隣から支えようとする素直な態度。そう言ったものが、寺尾さんが多くの人に支持される理由であって、また惹かれる部分なのだと思う。

ライブ後のアンコールは2曲続き、一番好きなアルバムと同名の曲「楕円の夢」で締めくくられる。会場を後にしても暫く身体が寒さを感じないほど、良い熱で終わる。


美術の仕事に関わる中で、芸術に関わる人が社会に対して何ができるのかということを悩むことは多い。社会の役には立たない、社会に関わっていないと呟いてしまう人もいれば、無理やりにも社会との関連性をコンセプトに美術を作らなければという人もいるような気もする。
何が正しいというわけではないけれども、素直にその表現はいいね、と声を掛け合えるような世界が私にとって理想で、そう言ったことを受容する人がどんどん伝播して増えていけばいいと思う。
大きな連関の中で、その中でも自分の思う一歩を踏み出していくこと。そんな姿勢を大事に来年を過ごせれば。


勤め先の展覧会もあと2日で終わり。平成最後の年末、気づけばあと7日。
年末に会える方は声をかけてほしいし、少し早いですが、来年もどうぞよろしくお願いします。